「時をかける台北散歩」

6月29日、尾道の松翠園で、「時をかける台北散歩」というシンポジウムがありました。
台北で日本統治時代の建築を再生した「青田七六」を運営する水瓶子さんがゲストでした。
青田七六」は、旧台北帝大の教員用官舎で、戦後は台湾大学の官舎として使われていたもの。その庭付き一戸建ての建物をリノベーションして、様々な文化活動や、日式料理を提供する店としています。

台湾では日本統治時代の建築を再生する事が非常に盛んです。実際にその活動の中心的役割の人の話を聞くことができて面白かった。
聞き手の渡邉義孝さんは、著書を高雄の誠品書店で見かけていたので、本人の話も聞けたのもよかった。
異国の地で日本の古い建物を復元するのは大変労力がかかると同時に、コストも日本の何倍もかかります。日本と同じように建て替えるために解体する様々な圧力もかかると思います。
そうした苦難を乗り越えて、各地で誕生している再生された日式建築が現代の新しい文化創造の拠点となっていること、それを行っている台湾の人たちの建築や文化に対する真摯な姿勢を聞けた一夜でした。

衛武営国家芸術文化中心

今回の旅行の目的の一つが、この衛武営国家芸術文化中心(設計:フランシーヌ・ホウベン)を観ることでした。日本でも話題になっていたし、台湾の国家プロジェクトなので。
都市の中心から少し外れた地下鉄沿線に位置しています。
美麗島駅から東に向かって、高雄市文化中心、衛武営国家芸術文化中心、大東文化藝術中心と、芸術系や公園が数珠つなぎになっているエリアです。
衛武営国家芸術文化中心は、2003年に発表された新十大建設のうちの一つで、台湾全域に国際芸術文化センターを設置しようというもの。台中の台中大都会歌劇院(設計:伊東豊雄)、嘉義の故宮博物院南部院区(設計:姚仁喜)に続く3施設めとなります。

大きなガジュマルの樹がつくる木陰にヒントを得たとのこと。
造船所でつくられたすべてが一体となった鋼板による曲面の内部空間が、この建築一番のみどころでしょう。
材料はなんでも熱によって伸縮するので、熱帯地方のこの地では、夏の日没後に少し縮むと思います。溶接の跡も残している鋼板と道路のような路面の舗装、かなりクールな空間なので、ガジュマルの樹の木陰のように腰を下ろしてリラックスする空間ではないですが。

高雄の建築

高雄は、都市の再開発や現代建築の建設、歴史的な建築の保存、観光施設の積極的な開発など、勢いを感じる都市です。市長もやり手のようで、市内に等身大のパネルや巨大ポスターなどを時々見ました。どうやら総統選挙の国民党予備選に出るようです。わからないなりにテレビを観てると、どうやら奥さんが美人で社交的で人気があるようです。

高雄の地下鉄が交差する中心の駅が美麗島駅。ここはフランス人作家のステンドグラスが人気で、ピアノの生演奏やイベントもあります。地上出入り口の設計は高松伸。
その北側には日治時代に建設された台鉄高雄駅が移築されています。新高雄駅は線路ごと地下に作っています。
西子湾から沿岸を通る市電(LRT)は、充電式車両なので、架線がなく自転車専用道路も整備されているので、エコで気持ちいい空間になっています。
高雄85ビルは台湾で二番目に高い建築ですが、好感を持たれることは意識していない印象。

その裏手には、高雄市立図書館総館があります。
とても魅力的な図書館ですが、どこかで見たことのある建築です。
劉培森建築事務所と竹中工務店の設計施工ということなので、せんだいメディアテークの施工にも竹中工務店が関わっていたので、似たということなのでしょう。

伊東豊雄さんは高雄国家体育場の設計で、高い評価を得てその後台湾で建築をつくっていくきっかけになっています。この建物は、伊東事務所、劉培森建築師事務所、竹中工務店の組み合わせだったようです。
RCとスチールパイプの巧みな組み合わせで、見事な造形をつくっているスタジアムでした。

高雄 社宅群

高雄市の北の湾には旧日本軍の軍港を台湾が海軍基地として活用しています。その後背地に、軍人向けの社宅の地区が広がっていて、興味深い建築、統治時代の社宅などがあります。

果貿地区にある果貿社區という集合住宅群は、円形の建物が若干人気のようで、面白そうなので自転車で観に行ってみました。しかし、その集合住宅の周辺に広がっている様々な商店やバザール、市場がびっくりするような賑わいで、活き活きとした住宅地となっていました。朝食の有名店もあり、日本人観光客もちらほら。

果貿地区から再び自転車に乗って北上すると、高雄の有名観光地である蓮池潭があります。そこを通過して海に向かうと、戸建て社宅が広がる地区になります。

その一部の社宅四棟が改修され、再見捌捌陸-臺灣眷村文化園區として公開されているので、立ち寄ってみました。開館は1日2回1時間ずつ。日本語のできるスタッフがいました。
周辺は庭付き一戸建ての老朽化した住宅が延々と広がっていますが、改修中のものが2~3戸あります。ここは、住みながら残すということがコンセプトのようで、ここに住みたい人も募集してるようでした。

日治時代のものは、和室続き間、縁側、洋室、水まわりという構成。
ただし、ここの展示のコンセプトは、かつて塀で囲まれた軍の閉鎖的な住宅地の懐かしく、独特な生活を残すというもの。日本式の住宅でありながら、スタッフは日本が作った住宅だとは知らないようでした。