霧台に向かうバスは、一日3往復。7:45,9:30,14:30発。帰りは9:45,11:30,16:30。小さな村なので、7:45発に乗って、11:30発で三地門村で降りることにする。
バスの中で入山名簿に記入。名前とパスポートNo.
乗客は4人。みんな日本人でした。
平地最後の三地門のバスターミナルでトイレ休憩があって、そこから急峻な山に入っていきます。高知県の四国山地のような雰囲気。
土砂崩れ多数。川はほぼ枯れてる状況ですが、豪雨で荒れ狂った痕跡はあります。
途中、小さな集落を通過しながら、高原の小集落霧台に到着。
公共の広場に面して集会所、小学校、資料館があります。
資料館では、装飾品、様々な祝祭の道具などが見れます。イノシシの牙などを使った頭巾や、衣装が美しい。
麓の広いエリアに住むパイワン族から別れた民族のようで、木彫や衣装の形に共通電が多数あります。
どちらも元首狩り族です。
ポリネシア地方の首狩り族は有名ですが、台湾がルーツとのこと。台湾→フィリピン→ポリネシア全域へと広がっていったようです。
日本も150年前までは首刈りの風習があったので、その共通点は興味あるところです。解雇することを首を切ると表現しますし。
建築は、薄いスレート状の石を積み重ねて壁とし、その壁から壁に木製の梁を架て、垂木を転がして、石を屋根葺材として積み重ねるというもの。屋内は地面のままだったようです。
平地のアミ族など海洋民族は、高床式の住宅だったようなので、あきらかに別の様式です。
世襲制の貴族制度があるようです。もちろん、現在は民族衣装を着て生活してる人はいないので、見た目ではわかりませんでした。
ルカイ族は誇り高き戦士という感じ。