23→21

オリンピックのサッカー競技の規約が変わりそうです。
23歳以下から21歳以下に。
欧州は若くて能力が高い選手が多いので、23歳以下とフル代表を兼任している選手も多かったりします。又、オリンピックの大陸別予選の負担が大きい。
それで、U-20W杯の翌年に、その世界大会チームがオリンピックにも出る・・・というよくわからないことになるそうなのです。

もともとアマチュアの五輪(IOC)とプロのW杯(FIFA)は水と油の関係だったのですが
、五輪の興行上の理由でサッカーや野球のプロ容認をしてきました。
しかしテロ対策で登録選手数も制限され、出場国も少なく、英国が出れないなど、妙な位置づけの大会でした。
そういう意味で、妙な位置づけがより前面に出るということになりそうです。

ある世界大会に出場する為に大陸予選を戦い、勝ち抜いたらその目的の大会と、その翌年のまるっきり別の大会に出れるということ。
つまり五輪サッカーは、いわゆるワールドユースの同窓会又はリベンジ大会となりそうな感じです。
日本はU-20は比較的得意なカテゴリなので、若干有利ではあると思います。

しかし、一番メリットがあるのは、選手の売買を仲介する仲買人ですね。
同じ面子の大会を一年後に再び見れる訳ですから。
そういう意味では、20〜21歳にかけての2年間は世界の選手にとっては世界に2度アピールできる訳ですから、U20W杯へのモチベーションは高まるでしょう。

しかしU-20W杯は2年に一度。五輪は4年に一度ですから、五輪はU-21〜U-18が対象年齢になります。
これまではU-20後予選が始まり、U-20直後のチームを融合させる時間の余裕もありました。
これからはU-20後一年間は親善試合でチームの熟成を図るのが精いっぱい。
するとU-18世代が合流と言うのはなかなか考えにくい。結局は五輪世代と非五輪世代が交互に来ると言うことになりますね。
逆に言うと、五輪出場権の発生するU-20W杯と、五輪とは無関係なU-20W杯が交互にあるということです。
北京でいうと、調子乗り世代(安田や本田達)がカナダの翌年に北京に出た・・・ということですね。

ますます五輪のサッカーは曖昧な存在になりそうです。

2009 U-20W杯(香川真司,水沼宏太,岡本知剛,柿谷曜一朗)・・・×
2009 U-17W杯(宇佐美貴史)・・・◎
2011 U-20W杯(宇佐美貴史)・・・◎
2011 U-17W杯・・・△
2012 五輪 2011世代(宇佐美貴史)中心+2013世代
2013 U-20W杯

寛平さんと太平洋横断

間寛平一行は無事太平洋横断して北米大陸を走り始めているようです。
素人がヨットで太平洋を横断できるのか?と思ったけど、基本的には元マネージャーの比企さんが準備し、船を操って太平洋を渡って寛平さんを北米大陸に届けるということでした。
日本近海は昔から海上交通の難所といわれ、太平洋横断の蒸気船航路の中継地点になっていなかったら、鎖国がもう少し長く続いていたかもしれないくらい、帆船は近寄りたくない海域のようです。
気候の悪い冬の太平洋を無事渡り切れたのは、多くのサポートしている人たち、特に日本で気象とコース取りのサポートしているスペシャリストの貢献は大きかったようですね。
常に日本と電話で繋がり、音声や画像や動画が行き来することが可能な時代の冒険において、そうした情報を操ることで、現場の臨場感や共時性を多くの人に持たせる・・・ということを実践して見せているイベントですね。
想像力によらない共時性というのは寂しい気がしますが、、、
ファルコン号ではなく、スペースシャトルのような感じですね。

植村さんの頃は、時々届く情報の間が大きく、想像を膨らませる余地がありましたが、現在は途切れることない情報があふれていて、勝手な想像をする余裕もないですね。
もちろん、これは最近始まったことではなくて、通信手段の発達にともなっていることなので、ますます情報の量は増えていくことになると思います。

アナポリスの卒業生であるバックミンスター・フラーは、軍艦に乗って活動する士官としての教育は、通信の無い環境を前提とする最後の世代だったようです。
逐一、本国の上官や、政府に問い合わせて行動するのは現在は当たり前ですし、ミサイルのスイッチも現場ではなく、本国で操作することもある現代では想像も付かないことだと思いますが、昔は命令書を受け取ると、後は情報が途絶えた船の最高指揮官が、全責任を負って判断していたのです。
昔、歴史の時間で習ったペリーは海軍提督ですから、海軍士官です。それが、船を従えてやってきて、琉球や日本と外交交渉を行っていた訳です。(後でやってきたハリスは正式な外交官。)

糸で操られることなく、自由に航海する・・・というのは、物理的には難しい時代ですが、自由な気持ち、自由な心を持って航海することは当然ながら可能です。

寛平さんは、できるかどうかのツメは不十分なまま走り出している感もありますが、詰め切ると自由さが失われてしまうことをわかっていたのかもしれません。
僕たちに、体を張って自由な航海をシンクロさせてくれている寛平さんの健康と安全を(時々)祈ってます。

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地元開幕戦

今日、仕事の合間にサンフレッチェ×大宮の地元開幕戦に行ってきました。
サポーターズシートが早々と前売り完売とのことだったので、一昨年の浦和戦以来の2万人越えとの予想もありましたが、予想通り超えてました。
サポーターズシートはもちろん、バックスタンドもアウェイシート側までなだらかに埋まる感じでした。
B6のサポーターグループもずいぶん増えてるようでしたし、お客さんも若いカップルや小さな子供を連れた家族なども多く、ここ数年では一番いい雰囲気でした。

結果は2-3の負けということでしたが、ゲーム自体は、やろうとする事がはっきりしていましたし、わくわくするようなシーンも多かったですね。
危うい所も相変わらず危ういと言う感じ。

気付いた事を箇条書きにすると、、、

・ミキッチのスピード、左右のキレは目を釘付けにするものはあります。廻りとの連動性は今後の課題ですが、ミキッチが突っ込むと、大宮は三人ががりで抑えに行くと言う感じ。それでもアシストあり、シュートあり、クロスあり、CKキックありで、広島に新しい見どころが出来たと言う感じです。

・槙野・・・

・敵FWにストヤノフをマンマークされて追い回されると、中盤とディフェンスラインの間が中途半端になるのは相変わらず。大宮はハーフタイムで修正してきていたようです。

・短いパスを連動させて、いわゆるコレクティブ・カウンターを高い次元で実現していると言うのは、素晴らしいの一言です。しかし、速い攻めのシーンが相対的に減ってるように思います。

・高萩がとりあえず戦線復帰。早速一点。

・大宮のマト(クロアチア)は強い。今日はシュート5本、2得点、1黄紙。マトにやられた試合でした。

次のホームは、ナビスコカップの浦和戦。水曜日の夜7:00から。
去年までの浦和だったら、今日の大宮のようなカウンターサッカーだったので相性は悪いのですが、今年の浦和は攻撃的なパスサッカーに改造中。
がっぷり4つでやれるなら勝算はあります。

勝ち負けだけを気にするなら広島のサッカーは心臓に悪いですが、勝ち負けを超えた何か(五次元的?)を期待するなら、こんな面白いサッカーは無いと思います。

来期→今期

来期と言ってたのが、いつも間にか今期と言っている。
日本のサッカー界はそんなシーズン幕開けを目前にして、少し浮き足立った感じです。
我が広島のサンフレッチェは、クロアチアからミキッチが加入して、少し楽しみです。
駒野が抜けて、去年は若干苦しみましたが、より攻撃的な選手のようなので楽しみです。
ミキッチの奥さんは欧州で活躍するスーパーモデルだそうで、日本でもそちらの仕事をするようです。
こちらも楽しみですね。

http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00078097.html

去年の中盤まで広島に在籍した戸田さんが、まだ契約先が決まってないようです。
プロ意識の高いいい選手ですので、どこかに落ち着く先が決まるといいですね。

http://www.kazuyuki-toda.com/index.html