カテゴリー : Mac

スティーブ・ジョブズ

遅ればせながらスティーブ・ジョブズIとIIを読みました。
ウォルター・アイザックソンの素晴らしいノンフィクション文学。翻訳もよかったと思います。
前半は、Appleに馴染みの深い世代なら断片的に知ってることばかりだとは思いますが、丹念な取材で、多くの関係者の証言で実際に起った事象を具体的に浮かび上がらせることに成功しています。

特に、Appleを設立するまでや、スカリーとの確執とApple退社のエピソードは貴重な内容でした。
NeXTの期間の記述が少ないことが残念でしたが、PIXARに関する記述は非常に面白かった。
何でもかんでも口を出すジョブズが、PIXARに関してはクリエイティブな面はそちらを尊重し、事業家としての役割のみ関与したというところ。恐らく、ノーチェックで書くことをウォルター・アイザックソンに依頼したのも、アイザックソンの作家性をそれだけ尊重しているということの現れだったと思います。

テクノロジーとアートを融合させるジャンルとしては、伝統的に建築がその役割を担ってきたと思いますが、ジョブズはコンピュータービジネスとアートを見事に融合させました。
もちろんジョブズは建築も好きだったようですが、この時代にこの場所にこの人物を神が遣わした・・・と言ってもいいと思います。
ミサイル制御技術から始まったシリコンバレーのテクノロジーと禅とカウンターカルチャーとボブディランの結晶がジョブズでありAppleだったと思います。

しかしあの性格のことは最初から最後まで、まさに主題のように書かれています。
最高の作品を作るためだけに、人を怒鳴り、翻弄し、引っ張っていった。それがよく伝わる内容となっています。ジョブズも草葉の陰で満足してると思います。
嘘偽りなく、誤魔化すことなく、等身大の恐るべき巨人を主観を排除して書ききった。なかなかできることじゃなかったと思います。

しかし、恐らく世界でも最も上司にしたくない人物でしょう。
ここまでの人いるかな?と思ったけどさすがにいない。
多少近い人は、、、、

フィリップ・トルシエ、味岡伸太郎、橋下徹、安藤忠雄、近藤等則・・・

あまり考えたくないですが、もしジョブズが日本に生まれてたら・・・

先ず、ジョブズのような人がのびのび活躍できるような社会をつくること。
そこが日本を再生させる上でも必要なことだと思いました。

グラミー賞とwinnyとsony

ジョブズがグラミー賞をもらったようです。
「音楽を世界中にデジタル配信することを可能にしたこと。同時に、数々のソフトウエアを開発し、ミュージシャンたちのレコーディングを安価で容易にしたことなどにより、音楽界に著しく貢献した」というのが受賞理由。
Appleがこのジャンルに進出する事は、ビートルズのアップルレコードとの協定で長く制限されていたことでした。
ジョブズのAppleの音楽に関するビジネスが、ビートルズのアップルレコードと混同する消費者がいるから商標権を侵害するということで。
それでAppleは音楽に関するビジネスに参入するときに多額の費用をアップルレコードに支払う事にしたそうです。
Appleは携帯音楽プレーヤーを皮切りに、ネットでの音楽販売や携帯電話などへの参入が続き、パソコンを超える収益を生む基幹事業となって今に至っています。
以前から言われているのは、Appleがやってきたことは、Appleが師匠として目指すべき存在として君臨してたSONYがすでにやってきたことだったということ。
パソコン、OS、携帯音楽プレイヤー、音楽の流通、携帯電話など。ほとんどがSONYが先輩と言っていい。
しかしSONYはAppleに負けてしまって、追いつける可能性もない。
既得権益を自らに内在してしまって新しいビジネスに参入できなかったということなのでしょう。

ジョブズがグラミー賞をもらった前日、winnyの開発者が訴えられていた裁判で、開発者が無罪となったというニュースが流れました。
かつて、インターネットが一般に普及したとき、個人と個人の間に直接情報交換する手段ができました。そのとき、そのツールを開発した技術者が告訴され、それをビジネスにしたジョブズがグラミー賞を取り、その既得権益に尻込みしたSONYは今のような会社となってしまったわけです。
新しい技術が開発され、若い人たちが熱意を持ってそこに飛び込んだとき、それをどうとらえるのか?そのときの対応が、結果に現れた事象だと思います。

新しい世代の動きを、現実の世界に調和するように既得権益を調整し、自分たちのビジネスに取り込んだAppleは企業の存在を大きくシフトしましたし、ジョブズは大きく賞賛されました。
新しい世代の動きを、既得権益への挑戦ととらえた行政や、古い企業は、裁判で負け、ビジネスで大きな敗北をしました。
こうしたことは、音楽の流通のようなことだけでなく、日常にありふれてるような事だと思います。目の前に現れる新しい現実、自分がそれにどう向き合うのか?
勇気とそれを裏付ける自信。自信を持つにふさわしい日常の行動。
その重要性を感じたニュースでした。

ジョブズ

今朝、ジョブズが亡くなったというニュースを、車のラジオで聞きました。
いずれそういう時が来る・・・とは思っていましたが、こんなに早く来るとは思ってもいませんでした。
心からご冥福をお祈りいたします。

僕が初めてMacintoshを知ったのはデザイン系の雑誌だったと思います。
建築の雑誌でも、Macintosh plusを担いで施主のところに行ってプレゼンするという企画もありました。
初めて触ったのは、学生時代に味岡伸太郎さんの事務所で。白黒の漢字Taik6.0.8の時代でした。
大学を卒業するときに、手元にあったお金でClassicIIを買うか、旅に出るか?迷った末、旅に出ることに。
そのお金で中国からアテネまで行くことが出来ました。
その後就職した設計事務所で自分用のパソコンとして与えられたIICiが初めての僕のMacとなりました。1993年。
しかし、いずれもジョブズがAppleを去った後の、ジョン・スカリーの仕事です。
もちろんジョブズの魂を受け継いだ経営者やエンジニアがすばらしいプロダクトを世に送り続けていましたが。

じゃジョブズの仕事を最初に知ったのはいつだったのだろう?
と思って調べてみると、、、

1984年。Macintoshが発表された年に、NHKで放映されたハッカー少年が主人公のアメリカのテレビドラマ「マイコン大作戦」ですね。
電話でパソコンを行政機関のコンピューターに繋いで情報を取ったりする今考えると恐ろしい犯罪集団の話なのですが、当時はコンピューターの持つ潜在能力に夢や希望を膨らましたものでした。
この少年が使ったコンピューターが、AppleIIだったんです。
これが最初の出会いですね。

次は、CANONの支店でもらったNeXTのカタログ。今にして思えば、AppleII夢と希望を感じた少年の気持ちを再び彷彿させるようなものでした。
その次がApple復帰。
復帰してからはみなさんがご存知のとおりですが、復帰の直前にWIRED日本語版に独占インタビューが掲載していました。表紙ももちろんNeXTのジョブズ。
この時語ったことが、その後のAppleを再生させた原動力となるものを表現していたように思います。

創業者でありながらAppleを追い出され、NeXTも経営的には失敗。
革新的な製品を世に出すだけでは意味が無い。製品として成功させるには、単にそれそのものが優れているだけではダメなんだということに気づいたと言っていました。
この時に、ドイツ製の洗濯機(Miele?)がすばらしいという話をしていたのが印象に残っています。
一見、ジョブズの生み出したものと相反するような、実用一本槍の堅実な工業製品ですが、、、社会に必要なものはこういう堅実な工業製品なんだということに気づいたとも言っていました。
その後、Appleに復帰し、革新的な製品を作るだけでなく、生産や流通、音楽や電話業界の古いしがらみを打ち破って、社会が求めるものを提供してきました。
Appleの株の時価総額が世界一となったのも、挫折を受け止めて、大きく成長したからだと思います。

Appleの未来を心配する人がいますが、僕はあまり心配はしていません。
僕は、永久にAppleの製品を使い続けるつもりですが、いずれAppleという会社もなくなるかもしれない。
でも、ジョブズの生み出した世界観や、こだわったインターフェイスやデザインのポリシーは、確実にこの世界に伝わっています。
“Stay hungry, Stay foolish.”というメッセージと共に。

Appleのこれまでとこれから

1976:AppleがAppleIをつくり
1977:AppleIIをつくった。
1981:IBMがIBM/PCをつくり追撃。(ライバルはIBM)
1984:AppleがMacintoshをつくり、新しい世界を開拓。
1992:MSがWindowsをつくり追撃。(ライバルはMS)
1995:追い越される。
1997:ジョブズは復帰。
2001:OSを一新。(ライバルはLinux)
2001:iPodを開発。(ライバルはSONY)
2004:コンテンツ販売を始め、プレイヤーでは圧勝。(ライバルは既存音楽流通網)
2007:電話を開発。(ライバルは既存スマートフォン)
2010:iPadを開発。(ライバルはAmazon)
2011:iCloudを開発。(ライバルはGoogle)
と言った感じです。

常に時代の最先端に挑み、ライバルと競いながら独自のプロダクトを開発してきたことがわかります。

道具を作ることを目的とするのではなく、あくまで人間の生活や文化にテーマを設定すること。
ハードウェアとソフトウェアを等しく扱い、目的に合わせて最適な手段を選択すること。
デザインに対する執拗なこだわり。毎日使うものだから、シンプルで美しいこと。子どもでも年寄りでも使えるわかりやすいインターフェイス。
ジョブズがやろうとしたことは、最初から一環しています。
時代や技術がヴィジョンにやっと追いついてきたと言う感じでしょうか。

パーソナルコンピューターからの卒業

今日未明、AppleのWWDC(World Wide Developer’s Conference)2011のジョブズのスピーチがありました。
入院先からの参加ですので、特別なイベントとしてかけるものがあったのでしょう。

いわゆるパソコンと呼ばれているパーソナルコンピューターは、実質的にはジョブズが生み出したもので、かつては、個人の可能性を拡張する装置として夢や希望、実質的な成果を僕達にもたらしてくれました。
1977年発表のAppleIIの後、1984年にMacintoshが発表され、その後ハードやソフトの凄まじい進化がおこりました。
その後、ネットワークやインターネット、様々なデジタル機器の進化に伴い、2001年にはジョブズはデジタルハブ構想を発表します。
パーソナルコンピューターは、孤立した箱でなく、音楽や映像など様々なデジタルデバイスのハブとして機能させるという宣言でした。これはパーソナルコンピューターの機能を変えるとか付加するのではなく、存在する意味を再定義するということでもありました。
その後、本来の業務でない家電業界、音楽流通業にも参入し、さらなる個人の可能性を拡張する世界を実現することになります。

そして2011年のWWDCでは、ついにパソコンのOSをダウンロード販売のみにし、数千円で販売することにしました。あわせて、ネット上でデジタルデバイスのコンテンツを共有するサービスの開始も発表しました。
つまりデジタル機器のハブというか軸足にパーソナルコンピューターを置くこと卒業し、ネット上にハブを置くということになります。
つまり、パーソナルコンピューターもiPhoneもiPadもiPodもコンテンツら見ると等価ということになります。
パーソナルコンピューターもそのOSもその手段ということ。
1977年や1984年にパーソナルコンピューターでしか表現できなかったことを、2011年にはパーソナルコンピューターがなくても表現できるようになったわけです。

某OS屋の創業者も古くからのライバルでしたが、あまりにも距離ができてしまった感じです。
ヴィジョンを最重視し、実現したジョブズ。
金儲けを再重視した某OS屋の創業者。
どちらも、スタート時の夢は実現したと思います。
人類の精神や表現、日常生活に大きな影響を与えたジョブズが、病身でありながら、パーソナルコンピューターに決着をつけた。
そんなイベントだったのではないかと思います。