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日々雑記 その2
2000年5月1日 

映画を観に行く


ものすごく久しぶりに映画を見に行く。寂しいことに映画を見たいという欲求すらどこかに置き忘れていたので、これが以外と淡々としている。かつて、まるで始めたばかりの恋愛関係みたいに、映画館の座席に座ることを欲する時期があったのに。

埃っぽい暗闇に身を沈め、スクリーンに光が射し音が始まるその時、いつもの至福の瞬間がやってくる。じんわりとまるで湯船につかるような、熱いお茶が体の内を温めるような、満たされるそのとき。

まだ何も始まっていないのに。

むしろ映画は何でも、とりあえずその暗闇の中で映画が始まるそのひとときを、無償に愛していたのだ。もういつでも泣かせて、という気分で、無防備きわまりない状態である。とにかく映画館の座席に座ることで救われていたような、そんな頃があった。

それでも、やっぱり愛しい映画館の暗闇を久しぶりに確認した今日の映画は
「BUENA VISTA SOCIAL CLUB」
ヴィム ヴェンダースにライ クーダーにキューバ音楽である。悪いはずはない。それ以上かそれ以下か。

ドキュメンタリーの出演者達は、身ぶりを持ってドラマを演じることはない。そこに生きているという姿は、案外と地味なのである。喜び悲しみ、人を愛し憎み、歌を歌い音を奏で、そうして生きている人間の姿は、舞台の上の特別な存在ではなく、ここで音楽と共に生きている。それぞれの人生のドラマは、静かに彼らの瞳の中に潜んでいる。騒々しい世の中にあって、一人の人生の眺めとは、深く静かに流れる河のようだ。流れ続ける。そして年若くても年老いても生きていくことは、果たして同じことなのである。生き続けていることに他ならない。

女の人になるより少年になりたいと、思春期の気恥ずかしい願望を思い出し、今となっては不良なじいさんになりたいなあと思った次第。
それにしてもヴェンダースという人は、旅人だなあという気がする。冒頭とラストがうまい。彼の旅の中にすっと引き入れられ、やがてせつない別離を迎える。CDを聞きながら、もう懐かしくなってしまった愛らしいじいさん達を思い出している。

 


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