2010/3/3 水曜日 - 3:44 pm by noriko
今現在、利用している図書館は、計6コ。常時、10冊くらいは図書館の本がうちの本棚に並んでいる。こんなにむしゃむしゃと本を読みあさっているのは、人生のうち2度目くらい。本屋で買った本はなかなか読み始めないけど、借りた本は期限があるからとにかく読む。時間があってもなくても期限はやってくるから、とにかく読む。ご飯作りながらとかちょっとした時間も本を手に持っている。おかげでなんだか読む速度が速くなって来た。まあ、じっくりゆっくり時間をかけて読みたいような本はどちらかというと避けて借りてくるので、早く読めるのかもしれないが。うちの家族は二人とも読むのがすごく早くて、ぶあつい本でも短時間で集中して読み切っている。私もそれに近いようになってきた。
図書館の本棚に向かって、アーコレ読もうかなどうしようかな、あこんな本がこんなところに、と頭を巡らしているのはとても楽しい。わたしの心のオアシスと言ってもいい。昔は喫茶店に通ったり、行きつけのお店の人とおしゃべりしたり、プールへ行って泳いだり、気持ちのいい河原に行ったり、そういうことが生活を支えてくれていたのだけれど、その代わりが今は図書館。
子供の学校の図書委員になったので、図書室に出向いて作業をする。古い本のにおいを嗅ぎながら整理整頓をしたり、新刊本の処理をしたり。おかーさんたちが今子供の間で流行っている本の話をしているのが聞こえてきたり。私も小学校では常連の図書委員で、誇らしげに(たぶん)カウンターに座っていたはずだ。今はもうどこもバーコード処理だけど、本のカードや、自分のカードの紙の手触りも懐かしい。そんな時に、タイミングよく、長嶋有の「ぼくは落ち着きがない」(光文社)を読む。高校の図書室の一角で繰り広げられる図書部員たちの話。いいはなしだった。
- 3:39 pm by noriko
その吉田秀和の新聞記事で紹介されていたのがこの本。4分33秒ピアノの前にただ座っておわりのジョン・ケージ、という認識しかなくて、こういう了解の仕方は全然だめね。曲の作り方や音楽的な難しい話はささっと読み飛ばすような読み方しか出来なかったのだけど、どうしてあのような作品をつくるのに至ったのか、ケージはどういう時代の流れのなかにいたのか、どんな人生を送ったのか、というような彼の音楽の背景がよくわかった。ケージの耳、ケージの骰子、ケージの茸、ケージの笑顔。

- 3:37 pm by noriko
朝日新聞で時々読みかけていたのだけど、その時読んだ記事がとても素敵(すてきって、あまり私使わない言葉だけど、あえて使ってみたい)だったので、ちゃんと読んでみようと思って手にした本。もちろん、偉大な音楽評論家であり、文章も魅力的なことは知識としてあったけど、いつか読むかも的な存在だった。
いやあ上手な文章。クラシック音楽のこと知らなくても、ついつい引き込まれてあっと言う間に読み終えてしまった。聞いたことのない曲や指揮者や演奏家のことなのに、言葉が巧みでなんだか充分納得してしまう。音楽のことを語るのにうってつけの言葉使いなんだろうと思う。批評やら評論やらを読んで、こんなふうにしみ込んでくることはあまりない。そんな感覚的な表現で言い切ってしまっていいのかしらんという疑問は、この際全然問題ないやと思いながら、素直に吉田先生の講義を聞きました。クラシック音楽も楽しんでみたいなと思うけど、時間も労力も(お金も)かかりそうね。
- 3:33 pm by noriko
昨年設計させていただいたお茶室(高須の家5)で、初釜を体験しました。そういうものを経験したことの無い身で大丈夫かしらんと緊張しながらでしたが、同席の方々や、優しいご主人の手ほどきで、楽しくお勉強してきました。美味しい食事にお酒にお茶に、目を楽しませるお道具に、なんて楽しいお勉強でしょうか。
お茶室は、お施主の好みをできるだけ実現できるようにつくられたものですが、こうして実際に茶事を執り行う姿を拝見していて、この空間が本当に彼女によくお似合いだと実感しました。お酒やお茶に酔いしれ、午後には陽の光でより明るくなったお茶室で、緊張も解きほぐれてすっかりぽーっとなり、夢見心地でお開きとなりました。贅沢なお正月遊びでした。

2010/1/12 火曜日 - 5:54 pm by noriko
年末に地鎮祭でお世話になった神社に、初詣に行ってみようと決めていた。
とっても感じのいい地鎮祭だったのだ。地鎮祭自体は、どこでも内容はほとんど一緒だけど、その神社、その神主さんによってやっぱり違うものになる。できればその土地を守っている神様にお願いしようと、地鎮祭は最寄りの神社にお願いすることにしている。だから、ちょっとは神社に詳しくなったのだ。
息を弾ませて階段を上りきったお宮は、向こうに元旦の海が眺められる。
お参りするところでおはらいしていただき、甘酒をいただき、おみくじは一人一人手渡し。(凶の場合はおまもりをくれるそうだ)小さな神社だったけどとっても行き届いていた。そして私はおみくじで1番をひき、これはもしかしたらと思いきや、でましたでましたの大吉。気分がいい。単純に素直にいい気分を味わう。大吉はよすぎてよくないとか言うけど、今ここで大吉をひいたということ自体がいいことなのだから、おそれることなくそれを受け取って、この気持ちを大事にしようと思う。そしてこれを読んでいる人にも、お裾分けする気持ちで書いています。受け取ってね。

- 5:45 pm by noriko
大晦日の夜ごはん。ここのところうちにしては贅沢なものを食べる日々が続いていたので、もうなんだか年越しそばだけでもいいかもってかんじだったけど、それでも年末の雰囲気を味わいがてら近所に買い物に出る。
そして出たら出たで、鯛など買ってしまった。お刺身にしてもらうので、夕方また出直さなくてはならない。寒くてちょっと辛いなあと思いながら、日が暮れる前に再び出かけた。
店のおじさんに年末の挨拶をして、鯛をかごに自転車を走らせていると、目の前に大きな満月。日暮れて登場した、大晦日の特上の満月。すごい。
冷たい風を切りながら、満足。これはご褒美だな。
- 5:39 pm by noriko
以前設計したお家の、玄関マットを織りました。ウールです。糸染めもまあまあ思うような色が出たし、クロスの模様もいいかんじにできたので、満足の出来。玄関に小さな小窓があって、ここにつり下げる麻の織物も一緒につくりました。色合いだけ合わせて。
壁が少しだけエンジ色がかったこっくりとしたベージュで、床のナラのフローリングもいい色になってきているので、落ち着いた暖かみのある雰囲気。ばっちり。自画自賛です。

- 5:16 pm by noriko
トウガラシはいつまでその色つやを残すのだろうか。切り上げて、葉を落として、リースのようにしてみました。(そうです。お気づきでしょうが、デジカメ新しく買いました。嬉しくてついつい。)

- 5:09 pm by noriko
色を使って絵を描くと、どうも黄色と紫色を多用してしまう。ついつい使いすぎて、えぐい色合いになってくる。すっきりと使えるようになりたい。これはうまくいった例。
(ホームセンターでもらった徒長していた可哀想なビオラと紅茶の空き缶)

2009/10/6 火曜日 - 11:33 pm by noriko
2年ほど前に竣工したお施主さんの家。ピアノレッスン室をつくり、奥様がピアノ教室を始められた。新しい住宅地には、幼い子供たちも多く住み、少しづつ生徒さんも増え、今回ははじめてのガーデンピアノ発表会。レッスン室の掃き出し窓を外し、庭に椅子を並べ、いつものレッスン室がちょっとしたステージに様代わり。遮るもの無く、高台の前面に建っているので、見晴らしは最高。ステージに立つと、目の前に山々と遠く町並みが望めるはず。小さな子供たちは、まだ片手だけの可愛い演奏や、どきどきしてつい後ろにいてくれる先生を振り返ったり、とても微笑ましい。最後の女の子は、先生とデュオでディズニーの曲を弾いて嬉しそうにしている。雨あがりの気持ちのよい秋晴れのなか、風に吹かれながらピアノの音を楽しむ。こんなふうに小さな発表会の経験を積みながら、やがて大きなステージに立てるように、という先生の締めくくりの言葉もいいなと思う。こんなすてきなガーデン発表会が、子供たちの記憶のどこかに残っていくのは羨ましい。
ピアノ教室の看板をつくらせてもらったり、庭のデザインや植栽も共にさせてもらったので、わたしもピアノ教室の専属のような気がしているのだ。かわいいピアニストたちが、これから音楽を愛する人生を歩めるといいなと思う。
- 11:29 pm by noriko
園子温監督は、豊川市出身。中学の同級生のいとこでした。その同級生の女の子はとってもチャーミングで感受性の強いタイプの女の子。おじいさんのことをグランパって呼んでいた、という記憶があります。園一族は、そのあたりではちょっと知られた存在でした。
大学生の頃、「ぴあ」を隅々まで読んでいた時に、「自転車吐息」という映画で園子温氏が紹介されていて、へー映画監督になったのか、観てみたいなあと(たしかその映画も豊川で撮られていたような)思っていました。そして月日は遠く過ぎ去り今年、「愛のむきだし」が公開されているのを知ってはいたのですが、見逃して残念無念しているところ、続けざまにこの「ちゃんと伝える」。それは主役の話題性で記事になっていたのですが、監督の名前を見てびっくり。そしてロケ地が豊川や豊橋ということで、もうこれは行かねばなりません。
だってタイトルの「ちゃんと伝える」だけで、私には充分響いています。「自転車吐息」というタイトルからずっと、なにかが私のなかで響いているのです。
そしていきなりの冒頭映像は、あの角。何度となく通っているあの角の風景。おきつねさんのはりぼてや昔ながらの看板が壁に張り付いている、もう何年も変わりないのあの街角。それからは、もうあそこもここも状態。それは映画の中のことでなく、現実的なわたしの故郷。ストーリーはあらかじめだいたいわかっていたし、何を監督が描きたいかというコメントも読んでいたし。淡々とストーリーを追い、時に涙し、どうやって「ちゃんと伝える」のかを確認するような思いで、ラストまで。
時間経過をそのまま流さずに、毎日繰り返される日常のひとときを何度も何度も繰り返したり、もう一度もどって同じシーンが入って来たり、大きく時間がもどって過去が映し出されたり、音楽の楽譜みたいに奏でられる。(全く同じシーンを映画の中で繰り返し観たのは初めて。それで、最初に観たのと2回目に観たのと、言葉や表情が全然違うものに感じたのも初めて。素直に、あー映画は監督のものだと思った。)いつもはもっと激しい映画を撮るらしい人の、やっぱりどこか力づくの話の展開もあり、蝉の脱け殻や、鳥の屍骸にカメラが静止して、象徴的な詩人のようなシーンもある。
そういうことすべてが、起承転結的な悲しさや辛さでなく、時間の中に挟まってしまった、ひたひたとした断続的な、ある意味日常的な、人の死の寂しさ、というものを描いていたと思う。わーっと泣いて終わりなのではなく、毎日のなかに死は、生と共に存在している。
落ち着いて考えてみて、そうたどり着きました。
実は、映画を見終わって立ち上がったら、ぐーっとこみあげてくるものがあり、薄暗い映画館のロビーを歩いても、白々と明るいショッピングモールを抜けても(映画館はその施設の最上階)収まらない。ヘルメットをかぶりバイクを走らせて、だーだーとえっえっと涙を流しながら帰る。30分くらい、なんで泣いているのかわからない子供になってしまったように泣いていたのが、どうしてなのか。
あまりにも近すぎて、なにか同化してしまったのかもしれない。すごく気持ちは近しいものだけど、遠くにある、いまここにないもの。離れた故郷は、どこか死に似ているのかもしれない。違う場所が舞台だったらこんなにならなかったよね。でもね、言葉は三河弁じゃなかったの。だからよかった。
2009/9/14 月曜日 - 9:04 am by noriko
・若かりし糸井重里が司会をしていた「YOU」。
清志郎とチャボが出演して、自分たちのライブビデオを見ているというまったりとした企画。ギターを抱えてぽろぽろと音を出しながら、全く気持ちの在処の見えない、素の清志郎がよかった。
・井上陽水のデビュー40周年、4回シリーズ。
陽水、おもしろーい。小学生の頃、傘がないや夢の中へや青空ひとりきりや、歌ってました。テレビなんかに出ないし、レコード買うお金もないし、ラジオ聞いたり、雑誌の歌詞カード見ながら。ここにも出て来た清志郎や、リリーフランキーとの語りも面白かった。やっぱり40年も人気者であり続けるということは、そういう魅力が枯れることなく、こんこんと溢れるようにあり続ける人なのだ。
・あべ一座の「あべ上がりの夜空に」
宮藤官九郎構成、演出の歌謡バラエティショウ。全国から「あべ」さんを一般公募し出演者を選抜。芸能人もすべて「あべ」さん。阿部寛やあべ静江、そしてもちろん阿部サダヲ。いちばん美味しかったのは、NHKアナウンサーの阿部さんでしょう。NHKホール紅白歌合戦の冒頭、客席からアナウンスするあの人。
内容は、「あべ」へのひっかけがこれでもかと続くので、疲れてくるのであるが、さすがクドカン、めげずにそのばかばかしさでひっぱっていく。あそこまでやりきらないと、芸として成立しないのである。舞台は阿部サダヲのものだったけど、フィナーレはなんだか満足度があった。名前が同じなだけで、なんか親近感や愛情がわくし、連帯感が生まれて、平和な空気になるのだ。人間てそういうものだって思う。
・佐野元春のザソングライターズ、ゲスト矢野顕子。
いつも笑って話をけむに巻く矢野さんが、真摯に答えていた。ホームという言葉について。自分の場所、自分の帰るところ、それは家族ということではなく、自分自身なのであり、それこそは矢野顕子の伝えたいことの核心なのだというくだりは、おおと思いましたね。かつて佐野さんと矢野さんの「自転車でおいでよ」にやられたからねえ。嬉しかったです。
・同じく矢野顕子と上原ひろみの、スタジオライブ
上原ひろみ、初めて見ました。かわいいのに、すごいパワー炸裂ってかんじでした。ふたりとも楽しそうで、ミュージシャンの仲良しコンビっていいなあとうらやましい。
・爆笑問題のニッポンの教養、東京藝術大学と坂本龍一の回
爆笑問題の話法というか、つっこみどころはまあさておき、藝大生や藝大の先生たちを垣間見ることができました。教授も、あいかわらず教授だった。藝術について思いを巡らすこと、世の人々はもっとしてもよいのでは。
2009/8/21 金曜日 - 5:16 pm by noriko
里帰りの途中に名古屋近郊にある「はるひ美術館」に寄る。ひびのこづえの展覧会「キタイギタイ」。舞台の衣装や、雑誌掲載の写真や、彼女の作品を時折見かけては、ファッションデザイナーではなく、コスチューム・アーティストとして活動していることに興味があったし。
未だバブリーな装いの名古屋駅からJRで15分くらい走ると春日町で、のどかな畑が広がり、収穫時に取り残されたかぼちゃやらキューリが道端に転がっていたりする。古い民家の残る小道をこの道でいいのかしらんと歩いていると、この展覧会のためのかわいい絵柄の案内ポスターがそこここに貼ってある。美術館はこちらという矢印。真夏の炎天下、蝉の声を聞きながら人影のない知らない町を歩くこと20分。
小さな美術館に、ぎっしりと「生きもののかたち 服のかたち」が詰まっていた。
いろんなものがすべて、彼女を通ると、なにかしらのコスチュームとなって生まれてくるのだ。展示されていたものは、虫やら動物やらを題材にしたものが多かったのだが、彼女は世の中のすべてのものを、人間のからだにまといつくものとしてのコスチュームとして、創りだすことができるのだと思う。
スケッチ、楽しそうだったもの。イモムシ?イモムシはこうでこうでこうでしょ。カエルの卵?だったらそれはこうなるのよね、って。
作品のあまり布や解体したパーツを、コラージュしたり刺繍したり手芸して、バッグやおさいふやのオリジナルグッズを作って販売するショップもあって、つい嬉しくなってバッグを購入。
こういう細々とつくりこんでいって世界が現われてくるの、好きだなあ。
- 5:13 pm by noriko
知り合いが、鈴峯女子短期大学のオープンカレッジの講師をしていて、春夏講座全5回、参加しました。講座名は「楽しいアート」。スタンプをつくったり、絵本をつくったり、照明器具をつくったり、鳥のおきものをつくったりと、なかなか中身の濃い講座。時間内に完成は難しく、いつも宿題状態でした。日々の生活とは関係のない、ただつくりあげることに熱中する時間は楽しいものでした。
でも。なんだか全然昔と変わってないのよね。表現の技術の進歩が無い。デッサンにしても、画面の構成にしても、なんかなあ、昔と一緒じゃん、って思ってしまった。もちろん、技術的な訓練をしていないからあたりまえのことです。とまったままで当然です。逆に後退しているくらい。
もし、なにか続けて技を磨いていたら、この歳になって少しは納得のいく表現もできていたかもしれないのに。そういう年月を、何もせずに置いてきてしまったと、ちょっと寂しいような気がしました。
なお、秋冬の同講座は、10月から開講されるそうです。
2009/8/11 火曜日 - 8:31 pm by noriko
やらねばと思いながらなかなか手を付けられなくて、季節が何度も見送られ、この7月のはじめなんとか実行した、鉢植え観葉植物たちの植え替え。充分な数の植え替え用鉢を用意できず、あるだけで帳尻を合わせようと、あれをこっちに、これをふたつにわけてそっちにと、もう考えるだけで面倒で、本当に怠惰な世話人でごめんなさい。でも始めたら、なんとかみんなそれぞれ収まって、半日仕事でおしまい。それで夏の暑さも今年は遠慮がちなので、うまく生き延びる事ができるかなあと思っていたのが、数日前から元気に新芽が登場した。嬉しいなあ。植物は、新しいものを手に入れた時は新鮮だし美しいし可愛いけど、時間が経って、剪定したり植え替えたり処分したりの段階になると、なかなか一筋縄ではいかなくなる。でもまあなんとか付き合っていくうちに情が育まれ、同居人のような関係になる。ただし生かすも殺すも私次第。今回はとりあえず元気になったようで、よかった。
2009/7/31 金曜日 - 6:05 pm by noriko
夏だっ!という空気感がまだないので、勢いに欠けながらも、オキナワ行って参りました。いろんな沖縄の顔があると思うのですが、今回は、伊平屋島での日食と近藤等則、というのがメインイベント。メロディアスなトランペットと、太陽と月の天体ショウを味わってきました。今、目を閉じていろいろと思い出すなか、ずっとやさしく吹き続ける風、オキナワの風、忘れられません。湿気を帯びたまとわりついてくるような風、苦手な人もいるでしょうが、私はOKでした。砂浜にて、ごろりと朝まで寝てしまいました。
2009/7/15 水曜日 - 2:41 pm by noriko
携帯電話3代目となりました。なにせそういうはやりものツールにはめっぽう弱く、携帯電話も電話機能しか使わず、その電話にすらあまり出ない。というか気がつかない。というか気が回っていない。だから、買い替えにも行かず、1台目さんざん使い倒し、2台目もついには故障するまで使うことに。1台目は、Kのすすめられるままに従い、2台目は誰やらがデザインしたオレンジボタンの、バーのタイプ(?)。これはなかなか気にいっていた。ぱこっと開けて携帯電話いじってるしぐさがなんか嫌いだったのよね。でも3台目はぱこっと開けるタイプになった。仕方ない、なかったのよねいいのが。でも焦げ茶色で小さくてゴムがついていて(これはちょっと新鮮)、あまり主張していないデザイン。まるでこしあんのような風貌。水ようかんとか赤福餅とか、そういうかんじ。末永くよろしくこしあん。
2009/7/11 土曜日 - 10:53 am by noriko
眠たい月曜日が吹っ飛んでしまった。
AERAに野田秀樹と大竹しのぶの対談が載っていて、この二人今はどうなのかと、週刊誌的な興味で読み始めた。お互いの才能は認めるところであり、一緒に仕事はするのだという話、最後の方の友情よねっていうやりとりなんかに、なんとなく二人の思い合うような空気が感じられてちょっとせつないような…
そしてそのお芝居、ザ・ダイバー。だれが出るのと見てみれば、きゃーいっけいくんじゃない。この圧倒的な二人と、この演目で、あと二人の共演者のうちのひとりがいっけいくん。
目がここで覚めました。いっけいくんとは、渡辺いっけい氏。高校の同級生です。ただの同級生ではない様々な顛末はありましたがそれはさておき、なんだかいてもたってもいられないかんじ。彼は、幾度か野田さんの舞台も出ているし、(観に行ったこともあるし)、舞台でもTVでも活躍しているようだし(それらはあまり見ていない)、なんとかやってるんだろうなあ、とは思っていましたが、こういうかたちで目に飛び込んでくるとびっくりする。年齢的にも、今そういう野田さんの舞台にでることってすごいことなんじゃないかって。
彼は昔、まだこれからどうなるかわからない人生の途中にありながら、自身の成功について私が嫉妬するんじゃないか、と思わず口走った事がある。そんなことない!と首を振ったけど、そうねえ、やっぱり少しだけ嫉妬はしているかもしれない。だって、同じスタートラインにたって、世の中へ飛び出していくエールを送り合った仲だものねえ。
そういう気持ちを隠さないにしても、やっぱり感無量なできごとでした。
観に行きたいなあ。チケットとれないだろうけど…
- 10:51 am by noriko
声は、姿かたちよりも、存在感を強く訴える。その人をより感じることができるのは、声のような気がする。存在を認識するどこか脳の箇所に、聴覚はダイレクトにつながっているのだろうか。
ラジオを食い入るように聞いてしまうのもそのせいかしら。
NHKFMでこの春から始まった佐野元春の番組。もちろん、かつてサウンドストリートを聞いていたかつての若者は、懐かしくて仕方ないはず。歳をとっても全然かわらない元春トーク。
あの頃、親しい友人や親元を離れて始まった大学生生活の中で、真新しいラジカセから聞こえてきた彼の声は、忘れられない私の人生の一部だ。気恥ずかしいようなしゃべり方だけど、それがひとつのパーソナリティとして確立されていることに、そうかそれでいいんだという気持ちがした。目を閉じて聞いていると、ふとあの頃に自分がスリップしていってしまいそうになる。まわりはすべて何もかも変わってしまったけど、かわらない私の中の記憶。
それにもうひとつ。その同じ時間帯の月1で大貫妙子の番組が入れ替わりにオンエアされている。彼女も声も、特別なかんじ。おしゃべりしている内容も好きだけど、ただ声を聞いているだけで、なにか染み入るようなものを感じ取る。耳を澄ましてじっと聞いている。
好みの容姿っていうのはあまりないけど、好みの声ってあるなあ。
2009/7/4 土曜日 - 3:38 pm by noriko
ついつい続けて見てしまっている朝のNHK連ドラ「つばさ」。始まる前は、結構期待していたのだ。主役の女の子も興味あったし、イッセー尾形や、中村梅雀も期待していたし。でも、なんかなあと期待がはずれていく様子で、もう見なくてもいいか状態に突入するところだったのだ。そのうち主要キャストのすったもんだが一段落して、一週間で収まるような小さなストーリー展開になり、その度にゲスト出演のようなかたちで期間限定キャストが現れだした。斉藤由貴だったり、太川陽介だったり、石橋蓮司だったり、山本學だったり、うーん?と、ついつい見続けることに…。でも見ているうちに、やっぱり中村梅雀や高畑淳子は上手で魅せてくれるし、脇役陣もキャラでしっかり固めているし、とりあえず、毎朝のともだちのようなものになってしまったです。
- 3:36 pm by noriko
とある大学の授業で、園芸実習のお手伝いをした。学生20人ぐらいを相手に、花苗の植え込みを教えるという内容。聞いているのかいないのか不明な、興味の無さそうな反応の薄い若者を相手に、伝えること、教えること、の困難。あー、自分でやった方が早くて、ついやってしまうのだ。いかんいかん。1対1ならまだ、寄り添って話もできるが、その他大勢を相手に、引きつけるような技は持ち合わせていない。とりあえず予定されているカリキュラムを時間内にこなさねばという思いでやるしかない状態。あー、もっと彼らの目や顔や、手つきを見なくてはいけなかったーと反省。
見るからに「たいぎい」かんじの若者たちだけど、でもだぶん、彼らは、見ている。こちらがどういう思いで、どういう言葉を発するのか、何を伝えようとしているのか。だって自分だって学生の頃、そういうふうに先生というものを捉えていたし、判断していたものねえ。「ぼくの好きな先生」な大人になれているのかどうか…
2009/6/30 火曜日 - 12:03 pm by noriko
玄関先のセイヨウニンジンボクの薄紫色の花が咲きだす。年々大きくなってきた枝振りに、いっぱいに花がついている。そして今年もやってきましたマルハナバチ。まあるいお尻がもこもことして、一心不乱にお仕事している。蜂はちょっとこわいけど、このマルハナバチは可愛くて、眺めているのが楽しい。マルハナバチは、エリックカールの絵本「だんまりこおろぎ」に出て来て、覚えたのでした。
- 12:00 pm by noriko
洗濯物を取り込む時、ふと見上げた空に、夕暮れの淡いピンク色に染まった雲が漂っていた。空はまだ明るく、その薄いブルーと雲のピンク色が、懐かしいような色の取り合わせ。そういえばまだ幼い頃、好きな色合わせは、水色とピンクだったなあと思い出す。色鉛筆で何か色を塗るとき、とっておきの組み合わせは、それだったのだ。その後のいろいろな成長とともに、そういう甘酸っぱいような好みは、封印されるようになっていったわけだ。おんなのこっぽいもの、かわいらしいもの、そういうものが、好きではなくなっていった。どうしてかな?と、今日の空を見ながら考えてみる。
- 11:59 am by noriko
子供が、週3日サッカークラブの練習で、晩ご飯が9時を過ぎるようになってしまった。もちろん、練習前に軽くなにか腹ごしらえをしていく。大人二人も、それに合わせることになり、我が家は、今やスペイン方式一日4食。夕暮れ時に軽くお腹に何か入れて、正式な晩ご飯は9時過ぎ。9時までの時間が意外と長くて、なにか片付けものをしたり、仕事したり、本を読んだり、なかなか有効に使える。でもおかげで、食事の後片付けを終えたら、あっという間に寝る時間。それでも日常生活のタイムスケジュールを変えてみるのは、ちょっと新鮮。
- 11:58 am by noriko
デジカメが不調で写真が載せられないし、全然書き込む気も起きず。でも、文章を書くのに、絵にたよっていてはいけないのである。ビジュアルに傾いていくと、思考の深さが失われるというものだ。新しいカメラも買う気があまりないし、(使っていたのは、デジカメが発売され始めた頃のデザインだから、すごく分厚くて、デジカメじゃないような。でも画像がきれいだし、頼りがいのあるしっかりした量感で、気に入っていた)文章トレーニングということで、写真なしでいくよ。
2009/2/21 土曜日 - 11:36 pm by noriko
今、読みまくっているのはこの人。最初、「西の魔女が死んだ」を読み、(映画になる前です。映画は観ていません。どうだったのかな?)それほどでもなかったのですが、次に「ぐるりのこと」を読んで、や、や、面白い人がいる。で、で、「沼地のある森を抜けて」ときて、あとは手に取り次第。なんとなく興味をひかれておつきあいが始まった頃の、どんどんと世界がひろがっていくかんじ。あーもっと知りたいってかんじ。好きな人ができて嬉しいってかんじ。
- 11:36 pm by noriko
去年、画集を見て興味深く思っていたので、日曜美術館で放映(1/25)されてびっくり。それで同日午後、図書館にて、その番組に解説者としてでていた人のニコ・ピロスマニに捧げる絵本(「大きな木の家 わたしのニコ・ピロスマニ はらだたけひで 冨山房インターナショナル)を見つけて、またもやびっくり。
わたしには、やさしさやあたたかさにあふれる絵を描いた作家、で括ってしまう印象とは別ものがあるのだけど、その人やTV番組としては、とてもハートウォームなおはなしに仕上げていました。今の時代に求められているものとして。
- 11:35 pm by noriko
織物をするために通っている大学のホームページに、私の織物が紹介されています。ちょっと恥ずかしいですが、なにやら嬉しい。
http://www.h-bunka.ac.jp/community/topics/index.html
- 11:34 pm by noriko
山田太一脚本のTVドラマが始まって、毎週木曜日の夜の楽しみができた。「不揃いの林檎たち」をしっかり観た世代なので、第1回の放映で、台詞まわしが耳に入った途端、これよーっでした。出演者が次々登場するたびに「きゃー岸部一徳!えー風間杜夫!八千草薫じゃん!」と大喜び。生活の細々とした道具の選び方や、登場する人々の背景をしっかりかたちづくる小物や、このロケ地はどこだろかとか、ついつい細かいところまでじーっと見入ってしまう。
エンヤの歌がタイトルバックで流れるのを聞きながら、なんかこのかんじってと記憶をたどる。
「岸辺のアルバム」も山田太一脚本で、もちろんこれも観てるけど、ここにはジャニス・イアンの曲が流れていた。(主題歌はウィル・ユー・ダンス)そして、同じくジャニス・イアンといえば「グッドバイ・ママ」。(この時の主題歌はラブ・イズ・ブラインド)このドラマ、あまりにも可哀想でいつも涙なしには観られなかったのだけど、でもただのお涙頂戴なだけではない人生の悲哀のようなものを、その時中学生だった私は、初めて噛み締めていたような気がするのである。主人公のシングルママ坂口良子が住むアパートには宇野重吉と北林谷栄の老夫婦が住んでいたり、岸部一徳と范文雀が、詩人とイラストレーターの夫婦として絵本を作っていてそれが谷川俊太郎の詩だったり、(というふうに記憶しているのだけど、もしかしたら全然ちがうかもしれない)いろんなことに目覚めていく年頃には、かなり刺激があったのだった。もう一度、本当にみてみたいとずーっと思っていたドラマ。で、調べたら、この岸辺とママ、共に堀川とんこうというプロデューサーの手になるもので、こんなふうに誰も知らない外国人の曲をドラマのテーマ曲として流したのはドラマ界初めてのこころみで、それが奇しくも大ヒット。だったのだそうだ。そうなのだ、このジャニス・イアンのレコード、私が初めて自分で買ったLPレコードだったのである。月日が流れて、こんなふうに明らかになって、しみじみしてしまう。ちなみに、堀川とんこうの本も図書館で見つけた。(「今夜も、ばり飯!」平凡社)いろんなものを動員させてひとつの世界をかたちづくるテレビドラマの面白さが、伝わってくる。
一週間に一度の楽しみっていうスタンスが日常の中にあるのは、なかなかいいものだ。
- 11:34 pm by noriko
勉強したいのよね、とは歳をとってから思うものなのですが、最近そんな気持ちがふつふつと湧いてきました。それで新年になって、夜のお勉強タイムをつくることにしました。とりあえずの科目は、日本美術史。
仲町啓子氏の「すぐわかる琳派の美術」(仲町啓子監修 東京美術)。そして橋本治「ひらがな日本美術史」(新潮社)。易しいところから復習です。仲町さんは、大学時代にお見かけしていたので、図書館の本棚でこれを見つけ、つい親近感が湧いて手にとってしまいました。「ひらがな美術史」は、芸術新潮に連載されていてもしっかり読んだことがなく、一度は全巻読んでみたいなと思っていたもの。